グライコプロテオミクスによる老化に伴う脳糖タンパ ク質変化の解析
東京都老人総合研究所・老化ゲノム機能研 究チーム 佐藤雄治
生体内のタンパク質の多くは糖鎖による修飾を受
けている。タンパク質上の糖鎖は、その生合成過程において遺伝子の複製、タンパク質の翻訳等にみられるような鋳型が存在せず、酵素等の作用のみによって形
成され、その構造は細胞の変化に影響を受けやすいと考えられる。これまでの研究から、分化、癌化といった変化に伴い糖タンパク質糖鎖の構造が変化すること
が明らかとなっている。そこで私は老化という変化に伴い、糖タンパク質、特に脳の糖タンパク質に変化が生じるのかどうかグライコプロテオミクスにより解析
を行っている。
私はこれまでに、アルツハイマー病(AD)患者の脳より調製した細胞質タウタンパク質がアスパラギン結合型糖鎖、特に、高マンノース型糖鎖による修飾を
受ける事を明らかにした。細胞質のタンパク質は一部の例外を除いて基本的に糖鎖による修飾は見られない。つまりAD発症に伴い糖タンパク質の生合成過程に
何らかの異常が生じていると考えられる。ADは病的老化と考えられているので、自然老化に伴って細胞質中にアスパラギン結合型糖鎖による修飾を受けたタン
パク質が増加するのかどうか、2次元電気泳動とレクチンを組み合わせた解析により検討した。更に、発現量の増加した糖タンパク質の実体を明らかにするため
に、質量分析計により同定し、その性状解析を行った。
ラット大脳皮質可溶性画分のタンパク質を2次元電気泳動により分離した。次にアスパラギン結合型糖鎖で修飾された糖タンパク質をコンカナバリン
Aを用いたレクチンブロッティングにより検出し、若齢と老齢で比較した。
その結果、14個のタンパク質の反応性が老齢で上昇していた。またこれらの反応性はエンドグリコシダーゼ
H消化を施すと検出出来なくなる事から、高マンノース型糖鎖による修飾を受けていることが明らかになった。そこでこれらのスポットの同定を試みたところ、
3スポットがリソソーム中のタンパク質分解酵素カテプシンDであった。更に、老化に伴って可溶性画分中のカテプシンD量は増加するが、別のリソソーム酵素
であるβ-ヘキソサミニダーゼの可溶性画分中の活性は増加しない事から、これは単なる老化に伴うリソソーム膜の破綻によるものではない事が明らかとなっ
た。一方、大脳皮質以外の様々な組織における発現量の変化を検討したところ、海馬、小脳、腎臓、肝臓、脾臓においても同様に老化に伴い可溶性画分中のカテ
プシンD量が増加する事が明らかとなった。また脳の免疫組織化学的解析から、カテプシンDは神経細胞に高発現しており、その発現量が老齢で顕著に増加して
いた。
可溶性画分のタンパク質は主に細胞質由来と考えられる。今後、細胞質カテプシンDは新たな老化のバイオマーカーとして期待される。また、このような特定
の糖タンパク質が細胞質に蓄積するという現象がなぜ生じるのか明らかにすることは、新たな老化の分子機構の解明につながると考えられる。