◆◆◆◆◆ 生命科学におけるプロテオミクスの位置取り ◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆ 第8話: 個別化医療とプロテオミクス ◆◆◆◆◆◆
東京都老人総合研究所産学公連携プロテオーム共同研究センター
戸田 年総
4月から半年余りに亙っておつき合いを頂いて参りましたこのコーナーですが、
そろそろ話しの種も尽きて参りましたので、私の担当は今回限りとさせていただくことに
なりました。締めくくりと致しまして今回は、今後発展が予想される個別化医療におけ
るプロテオミクスの位置取りについて少し考えてみたいと思います。
そもそも個別化医療は、個々の患者の体質と症状に応じて最適な治療を行なう
ものであり、その中でゲノム検査は治療開始前に患者の「体質」を診るた
めの方法として非常に重要なものですが、治療が開始された後の変化(特に治療の奏
効等による症状の改善や副作用による症状の悪化など)を追いかけて、個々の患者
に合った最適な治療を継続していくプロセスではゲノムの解析によって得られる情報だけでは
不十分であり、やはりタンパク質レベルあるいは代謝物レベルで起きている微小
な変化を確認することのできる技術を開発すること
が、重要なポイントになってくるものと考えます。
これまでの腫瘍組織や血漿タンパク質を標的にしたプロテオミクスでは、主に
初期診断あるいは確定診断を行なうための疾患バイオマーカーを探索することに
主眼が置かれいましたが、個別化医療でDNA診断を補完する検査を行なうことが必要
になることを考えますと、サロゲートマーカーとしても利用できる新たなバイオ
マーカーを探索することの必要性がいっそう増して来ております。
また患者の症状に合せた個別化医療を行なって行くためには、診断マーカーに
おいても、単に疾患の有無を判定するだけでなく、患者一人ひとりの症状をより
詳細に把握し、治療方針を立てる上での判断材料を与えてくれるような指標が必
要となります。
癌などのように手術によって切除された病理組織を直接検査できる場合には、
腫瘍組織そのものを標的にしたプロテオーム解析が行なわれており、癌の悪性度
の指標となる新たな腫瘍マーカーも発見されていますが、組織を直接調べること
ができない慢性疾患の場合には、やはり血清もしくは血漿で検査できるマーカーが
望まれますので、現在多くグループによって患者血清もし
くは血漿を用いた網羅的プロテオーム解析による疾患マーカーの探索が実施され
ております。しかしながら私はこのようなアプローチにはいささか疑問を抱いております。
以前、癌研の検査部の方とおつき合いをさせて頂いていた時に「血液検査は下水道の水質検査をするようなものだ」という話しをしたことがありますが、そも
そも、疾患の病巣(患部)の組織細胞で起きた変化が血液中の成分に反映
した結果を検出しようというものですので、本来は疾患のステージの進行により変
化する組織タンパク質を直接調べることが重要であると考えております。悪性度
の異なる腫瘍細胞から分泌されたタンパク質を直接調べることで新たな腫瘍マー
カーを見つけ出そうというセクレトーム解析は、この考えに基づくものであると言えます。慢
性の疾患においても同様のアポローチは可能であると思いますが、問題は、慢性
疾患の場合、生検を実施することはほとんどありませんので、どうしても病理解
剖に頼らざるを得ません。疾患プロテオミクスにおける病理組織の利用の問題に
ついては第6話で議論したので省略します。
病理組織のプロテオーム解析によって、バイオマーカーの候補となるタンパク
質が見つかってきた場合、次の段階ではこのタンパク質に対する特異抗体を作製
し、さらに多くの症例では血漿での変化を明らかにすることによって、バイオマ
ーカーとしての有効性を確認するのが最善の策であると考えております。この方式
ですと、アルブミンや免疫グロブリンの影響が排除できる上に、検出の感度的に
も二次元電気泳動や二次元LCの感度より遥かに高い感度でバイオマーカー
検出できる可能があります。
最後に、プロテオミクスで見つかった疾患バイオマーカーを臨床検査法として
ベッドサイドまでもって行くときの課題について考えてみたいと思います。
プロテオミクスで見つかってきたバイオマーカーが1種類の血漿タンパク質の
変化あるいは限られた数のタンパク質の組み合わせで診断できる場合には、従来の
ELISA法とほぼ同様の取り扱いで比較的簡単に検査法として導入することがで
きますが、この場合臨床の現場では網羅的なプロテオミクスの手法は必要
ありません。しかしその一方で、非常に多くタンパク質を同時に解析し、それらの変
化を総合的に判断して診断するような場合には、従来の臨床検査
制度を考えると、「タンパク質ごとに1件の検査項目」ということになり、検査に
掛かる費用が膨らんでしまいます。
今後疾患プロテオミクスによって得られた成
果を臨床検査法として実用化していくためには、多項目を複合して検査する場合には、
「まとめて1件の検査」として扱えるようなシステムを開発することも重要な課題に
なってくるものと考えます。
2007年11月15日